2017年03月10日

6年前のあの日。

あの日を振り返ります。

2011年(平成23年)3月11日午後2時46分
6年前のあの日。
私は、宮城県仙台市中心部にある某ドラッグストアで買物をしていました。
その最中にあの地震が!

とにかく揺れが凄くて、ガシャン!ガシャン! 店内の棚という棚からあらゆるものが振り落とされて床に叩きつけられ、そして停電。
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■直後のバスは動いた!
揺れがおさまったのを見計らい、すぐさまバス停へ。
鉄道関係は止まったものの、バスはまだ動いていました。
信号が消えてしまっているため、あちこちで渋滞が発生。
いつもの?倍近くの時間がかかり、やっとの思いで帰宅。
翌日からバスは運行停止に。

■エレベーターは4階が限界?
賃貸マンション住まいのわが家。
当然、エレベーターは停止。
私の体力では一気に上れる階段は4階までが限界と知りました。
わが家は○階。あと○階のぼらねば……グッタリ

■観音扉の戸棚に気をつけろ!
おそるおそる扉を開けると…想像以上に様々なものが破損・散乱して足の踏み場なし!
廊下にある半間の物入れ、台所の吊り戸棚、台所下の扉、洗面所の戸棚、ありとあらゆる観音扉から中に入っているものが飛び出していてとんでもないことに。
 ⇒現在は各観音扉にストッパーを!

避難所は寒い
指定避難所の近所の小学校へ。
体育館にゴザが敷かれていました。
外には雪がチラチラ。
2ヶ所にストーブが設置されるも、広い体育館全体が温まるはずもなく寒い。
夜、毛布の配布がアナウンスされる。
お年寄りと子ども優先ということで、自分たちを含めた一般人までには行き渡らない。
体育館のトイレだけでは不足のため、校庭にも仮設トイレが数基設置されるも長蛇の列。

外に給水車がきていたのでそこから汲んできたであろう、水の入ったバケツがトイレ内に用意されていました。
自分の始末は自分で~。

■タンスは重い!
わが家に限っていえば、被害は小さい方だったと。
液晶テレビはテレビ台から落ちていたものの、キズが多少ついただけでちゃんと映りました。ホッ。
洗濯機も冷蔵庫もとりあえず大丈夫。
(電気が復旧した後に確認)

大変だったのは、タンス類。
ほとんど倒れてしまっていたため、それを元に戻す作業がね…

■トイレ!
なにが大変って、電気やガスよりも水のない生活がいちばんツライだと身にしみました。
トイレ、水を流して処理しますもんね。
水がないと大変です!

浴槽に水を張っていたので、トイレタンクの水が無くなりそうになると、お風呂からバケツで水を汲んできて補充、の繰り返し。

給水車から水をもらってくるという方法もありますが、すぐ近所まできてくれるとは限りません。
わが家の場合、近所にある神社が給水車がきてくれる場所でしたが、徒歩で20分はかかります。

幸い、徒歩10分ほどのところにあるお寺さんが檀家さん用の水道(地下水)を開放してくれていると知り、有り難くその列に加わってお情けの水を分けていただきました。

自転車の荷台と前カゴに水を入れるためのバケツやらビニール袋やらを乗せて、自宅まで行き来するのがとにかく大変。
ムカシの人の水汲みはさぞや大変だっただろうな…。
 ⇒自転車(または台車)と水用ポリタンクは必須

■食器が洗えない!
水道が復活するまではとにかく水の節約に励みました。
食器を洗うことができないので、皿や茶碗にラップを敷いて使い、使用後は汚れたラップのみを捨てる。
 ⇒ラップは必需品。

■ケイタイが使えない!
当時はガラケーでした。
バッテリーが無くなるのはあっというまです。
 ⇒予備バッテリーは必須。

■ストーブが大活躍!
3月29日(火)地震後、初出勤。
前の日、ストーブで沸かしたお湯を使って髪などを洗い(ガスの復旧は4月)最低限の身だしなみを整え、いざ出勤。
開放式ストーブはお湯を沸かしたり、鍋をのせて調理したり、暖をとったり、電気が使えないうちは大活躍しました。
カセットコンロも便利!
 ⇒あると便利、開放式ストーブ、カセットコンロ。

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■電気の復旧は早い!
3月13日(日)17時 インフラのうち電気の復旧がいちばん早く、ようやく明かりがつきました!
これでようやく電子レンジが活用できるように!

水道の復旧
3月16日(水)水道が復旧。
ありがたや、ありがたや

■ガスの復旧
4月5日(火)にガスが復旧。
わが家の地域には東邦ガスのかたが来てくれて、ガスの復旧に尽力して下さいました! 大感謝!!

■地震酔い
歯磨きしているときに強く感じたのが「地震酔い」。
少しでもカラダが揺れると、自分ではなく周囲が揺れているように感じて「また地震?!」と勘違いすることがしばしば。
チョット動悸しただけでも、自分の心臓ではなく地震が起きていると感じてしまっていた。
自分だけかと思ったら会社の人たちも同じことを言っていたので、これがいわゆる地震酔いなのね。
この症状はなかなか抜けず、しばらく続きました。

■ガソリンスタンド
スタンド情報はネットの地域掲示板がお役立ち。
「○○のスタンドが明日、開くようだ」などなど。
某2chありがとう!

■地震保険
住んでいるマンションでは住宅保険が義務付けられていますが、契約していたのは標準的なタイプで地震保険はつけていませんでした。…これが明暗を!
運よく家電製品(シロモノ家電もPC類も)は破損しませんでしたが、食器やらなにやら壊れまくりで部屋の中はメチャクチャ、テーブルからなにから傷だらけです。
お隣りさんは地震保険に入っていて、ある程度の保険金がおりたそう。
 ⇒入りましょう~地震保険!

■全壊・大規模半壊
東日本大震災で一躍有名になってしまった「宮城県石巻市」。
私の出身地です。(ダンナも)
この震災では両方の親世帯が大きく被災しました。

とくに私の実家は沿岸部にあったため全壊。
現在はさら地になっています。

ダンナの実家は駅近くですが、大規模半壊。
修理して住んでいます。

■車の被災
震災当日、ダンナは偶々、実家のある石巻にクルマで帰っていました。
自分のクルマと実家のクルマのうち、「実家のクルマ」を選んで両親を乗せ逃げたそうです。
…結果、自分のクルマは水没。
津波で水没したクルマに保険金はおりません。…

■奨学金・授業料免除
大規模半壊・全壊など、一定の条件を満たすこどもは奨学金や授業料免除の対象になります。
しかし、わが家の場合はせいぜいクルマの被害。
両方の実家(建物)が大きな被害に遭ったため、こちらとあちらを何度も往復しながら復旧に向けて頑張ってきましたが、そんなことは関係なし、ですね~。
該当ならず。

■ボランティア
震災当時、ウチの子は高校生でした。
大学に進学してからは震災ボランティア一筋で、仲間たちと地元や岩手・福島などをまわり、仮設住宅のお年寄りを励ますことを中心に活動を続けてきました。
お疲れ様!!
そして今月末には学位授与式。
4月からは社会人です。

 IMG_0584.JPG
  私の実家(石巻)の写真です。手前が居間、奥が床の間。畳がフニャニャ

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posted by すぴか at 23:52| 備忘録 | 更新情報をチェックする